存在が否定されていた固液臨界点を世界で初めて発見 ナノ空間における水の分子シミュレーション
2015年06月23日
岡山大学大学院自然科学研究科(理)の望月建爾特任助教、甲賀研一郎教授の研究グループは、カーボンナノチューブ内部に閉じ込められた水の挙動を分子シミュレーションで解析。氷と水の区別がなくなる新たな臨界点(固液臨界点)が存在することを世界で初めて明らかにしました。本研究成果は2015年6月22日(米国東部時間15時)に『米科学アカデミー紀要』電子版で公開されます。
これまで固液臨界点が観測された例はなく、理論的には存在そのものが否定されてきました。本研究成果によって、ナノ空間における臨界現象の基礎研究が進展すれば、新規化学反応の開拓、生体分子構造制御技術の開発につながると期待されます。
<業 績>これまで固液臨界点が観測された例はなく、理論的には存在そのものが否定されてきました。本研究成果によって、ナノ空間における臨界現象の基礎研究が進展すれば、新規化学反応の開拓、生体分子構造制御技術の開発につながると期待されます。
岡山大学の望月特任助教、甲賀教授の研究グループは、カーボンナノチューブ(直径約1ナノメートル)に内包された水をシミュレーションで再現。広範囲の温度・圧力条件下で水の固液相転移挙動を追跡し、分子レベルでナノチューブ内の水の運動と構造を解析しました。その結果、密度ゆらぎおよび比熱の発散傾向など、固液臨界点の存在を強く支持する複数の証拠を提示。固液臨界点の存在を示すことに成功しました。さらに、様々な温度、圧力、ナノチューブ直径における水の状態(相)、相境界、臨界点をまとめた相図を完成させました。
本研究グループは、今回、固液臨界点を6個確認。ナノチューブ内部の水においては、固液臨界点が珍しいものではなく、実際に観測される可能性が高いことがわかりました。
<背 景>
甲賀教授らの研究グループは、カーボンナノチューブ内部の超微小空間で水がアイスナノチューブと呼ばれる準一次元氷に相変化することを世界に先駆けて示し、その相変化が連続的に起こりえることを見つけ、固液臨界点の可能性を示唆しました(2001年Nature)。今回、本研究グループは、広い温度圧力領域で超微小空間内の水の大規模分子シミュレーションを実施し、固液臨界点を探索しました。
しかしこれまで、固液臨界点はいかなる物質に対する実験でも見つかっておらず、理論的にも存在が否定されてきました。
<見込まれる成果>
氷と水の区別がなくなる臨界点では、密度やエネルギーゆらぎが大きくなったり、水を内包したカーボンナノチューブの熱伝導性が急激に変化することが予想されます。
今後、ナノ空間内部の物質について理論計算とナノテクノロジーを駆使した実験が展開され、様々な物質で固液臨界現象が発見される可能性があります。さらに、①密度やエネルギーゆらぎを利用した新たな化学反応の開拓や②ナノチューブの熱伝導率を内包物質の相転移により制御する新技術開発などが大いに期待されます。
本研究は、岡山大学エネルギー環境新素材拠点、文部科学省研究大学強化促進事業(MEXT)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(No. 26888011, 26287099)の助成を受け実施しました。大部分の計算は、自然科学研究機構 計算科学研究センターの計算機を利用しました。
<原論文情報>
著 者:K. Mochizuki and K. Koga
タイトル:“Solid-liquid critical behavior of water in nanopores”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2015) DOI: 10.1073/pnas.1422829112
報道発表資料はこちらをご覧ください
<お問い合わせ>
岡山大学大学院自然科学研究科(理)
特任助教 望月 建爾
(電話番号)086-251-7904
岡山大学大学院自然科学研究科(理)
教授 甲賀 研一郎
(電話番号)086-251-7904
<資 料>
カーボンナノチューブの中にできる様々な氷
図1はカーボンナノチューブ内で形成される6種類の氷の構造を示しています。図1(a)-(c)は直径1.11nmのナノチューブにある三種類の氷、図2(d)-(f)は直径1.25nmのナノチューブにある三種類の氷です。
図1:カーボンナノチューブの中にできる氷の分子構造を、軸方向と横方向から示す。ナノチューブの分子構造は省いてある。それぞれ、上から下に向かうにつれ圧力が高くなっている。4-8角形の様々な分子構造が見える。容易に構造を識別できるように、環の中心にいる水分子は赤色で示した。
水の相図とカーボンナノチューブ中の水の相図
図2(a)は通常の水の相図です。常温付近で気体(水蒸気)と液体(水)は明確に異なる相であり、二相の境界線が存在します。しかし高温・高圧(374℃、218気圧)になると、気体と液体の区別が消え、境界線はその先にありません。この境界線が消える点が気液臨界点です。一方、固体(氷)と液体との境界線が途切れることはありません。これまで、通常の水では(そして他の物質でも)固液臨界点が発見されていないのです。
図2(b)左は、直径1.11 nmのナノチューブ中の水の相図です。低温領域に三種類の氷の相があります。異なる氷の間の相境界は温度の上昇とともにやがて氷と水の相境界(固液相境界)になり、ある温度・圧力に達すると相境界が消えます。共存していた氷と水の区別がなくなり、1相になる点でが水の固液臨界点です。
図2(b)右は、直径1.25nmのナノチューブ中の水の相図です。
図2:(a)既知の水の相図、(b)本研究で明らかにしたカーボンナノチューブ中の水の相図。異なる相の間に引かれた境界線(黒の実線)は、二つの相が区別できることを表す。通常の水(a)では、液体と気体の間の境界線は臨界点で途切れるが、固体(Ice IからIce X)の液体の境界線には臨界点がない。