光合成光化学系I複合体の構造を解明~光エネルギーの高効率利用に前進~
2015年05月29日
岡山大学大学院自然科学研究科(理)の沈建仁教授(同大光合成研究センター長)、菅倫寛助教と中国科学院植物学研究所の共同研究グループは、光合成で光エネルギーを高効率に吸収し、水からの電子を利用して二酸化炭素を糖に変換するために必要な還元力を作り出している光化学系I複合体の構造をX線結晶構造解析法で解析。2.8 Å分解能で立体構造を明らかにしました。本研究成果は5月29日、米国の科学雑誌『Science』のResearch Articleとして掲載され、同誌の表紙でも紹介されます。
光化学系Iタンパク質複合体は、太陽光エネルギーを極めて高い効率で吸収・利用しています。本研究成果は、光合成の高効率光エネルギー利用の仕組みを解明するだけでなく、光エネルギーの高効率人工利用にも重要な知見を与えることが期待されます。
<業 績>光化学系Iタンパク質複合体は、太陽光エネルギーを極めて高い効率で吸収・利用しています。本研究成果は、光合成の高効率光エネルギー利用の仕組みを解明するだけでなく、光エネルギーの高効率人工利用にも重要な知見を与えることが期待されます。
本学大学院自然科学研究科(理)沈教授、菅助教と中国の共同研究グループは、エンドウ豆の葉から光化学系I(PSI)という巨大タンパク質複合体を精製・結晶化し、結晶の質を大幅に改善することに成功。SPring-8の放射光X線を利用して2.8 Å分解能で立体構造を解析しました。解析された構造から、155個のクロロフィル分子を同定し、これまで分かっていなかった多くのカロテノイド、脂質分子などの配置を明らかにしました。さらに、詳細な構造が分かっていなかった多くのタンパク質サブユニットの構造が判明。光エネルギーを吸収し、反応中心へ伝達する経路を同定しました。
<背 景>
酸素発生型光合成において、太陽光エネルギーを吸収し、生物が利用可能な化学エネルギーへ変換する役割を持っているのは、葉緑体のチラコイド膜上に存在する光化学系II (PSII)、光化学系I(PSI)という2つの巨大な膜タンパク質複合体です。このうち、光化学系II複合体は水を分解し、酸素、水素イオン、電子を産生しており、地球上の好気生物の生存を支えています。一方、光化学系I複合体は、水からの電子と光エネルギーを利用して、二酸化炭素を糖に変換するために必要な還元力(NADPH)を作り出しています。高等植物の光化学系I複合体は、14個のタンパク質と90個以上のクロロフィル(葉緑素)、22個のカロテノイドなどから構成されており、その外側にさらに4つの、光エネルギーを集める役割を持つ集光性アンテナタンパク質(LHCI)が結合しています。このようにできた光化学系I-集光性アンテナタンパク質複合体 (PSI-LHCI)は、合計16個のタンパク質と155個のクロロフィル、35個のカロテノイドなどを含み、分子量600 kDaに達する巨大な分子となっています。本複合体に含まれる多数のクロロフィル分子は、光エネルギーの高効率吸収・伝達のために最適な配置を取っており、それらの最適配置はタンパク質場の中で実現されています。
光化学系I-集光性アンテナタンパク質複合体における光エネルギーの高効率吸収・伝達の機構を解明するため、本複合体の立体構造を明らかにする必要があります。これまで多くの研究者がこの複合体の結晶化・結晶構造解析に挑み、そのうち、イスラエルの研究者が報告した3.3 Åが最高の分解能となっていました。
<見込まれる効果>
光合成では、高い効率で光エネルギーを吸収・利用しています。この光エネルギーの高効率利用の機構を解明することは、光合成の機構を理解するだけでなく、人工光合成における光エネルギー利用効率の向上にも重要な知見を与えることになります。人工光合成は、私たちが直面するエネルギー問題、環境問題の解決に重要なアプローチの一つです。
本研究成果は、光合成における光エネルギー利用機構を解明するための基盤を提供しただけでなく、他の巨大膜タンパク質の結晶構造解析にも重要な知見を提供することになります。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金特別推進研究等の支援を受けて実施しました。
<発表論文情報>
論文名: " Structural basis for energy transfer pathways in the plant PSI-LHCI supercomplex "
「植物PSI-LHCI超複合体におけるエネルギー伝達の構造基盤」
発表雑誌:Science
著者: Xiaochun Qin, Michihiro Suga, Tingyun Kuang, Jian-Ren Shen
発表論文はこちらからご確認いただけます。
報道発表資料はこちらをご覧ください
<ワシントンポスト紙(米国)の報道記事>
http://www.washingtonpost.com/news/speaking-of-science/wp/2015/05/28/scientists-are-closing-in-on-the-ultimate-secrets-of-plant-photosynthesis-with-implications-for-solar-energy-and-agriculture/
<お問い合わせ>
岡山大学大学院自然科学研究科(理)
教授 沈 建仁(しん けんじん)
(電話番号)086-251-8502
(FAX番号)086-251-8502
(メール)shen@cc.okayama-u.ac.jp
同上
助教 菅 倫寛
(電話番号)086-251-8630
(FAX番号)086-251-8502
(メール)msuga@cc.okayama-u.ac.jp
<用語説明>
[1] チラコイド膜
ラン藻や葉緑体の中に存在する生体膜の一つで、光合成の明反応が行われる場所。チラコイド膜中に光化学系II, 光化学系Iなどの光エネルギー吸収・伝達、電子伝達、水分解反応に関わっている膜タンパク質複合体が存在している。
[2] 膜タンパク質
細胞膜などの各種生体膜に存在している疎水性タンパク質で、水溶性タンパク質と違い、水に溶けない。そのため、様々な界面活性剤を用いて生体膜を可溶化することで、膜タンパク質を精製し、結晶化する必要がある。
[3] 還元力
酸化還元反応において電子を供給し、他の化合物を還元するものを還元剤という。還元剤の能力を評価するものとして、酸化還元電位が用いられ、それを「還元力」という。光合成において、二酸化炭素を糖に還元する必要があるが、その還元力を供給しているのがNADPHという化合物で、光化学系Iによって光エネルギーを利用してNADP+より作られる。
図1.高等植物光化学系I-集光性アンテナタンパク質I複合体(PSI-LHCI)の構造
図2.植物PSI-LHCI複合体における色素 図3.植物PSI-LHCIにおける光エネルギーの伝達経路
(クロロフィル、カロテノイド等)の分布
この研究成果は新聞報道されました。
記事 : 山陽新聞 2015年5月29日28面
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