光化学系Ⅱ複合体の正確な三次元原子構造を解明 -人工光合成開発への糸口に-
2014年11月27日
岡山大学大学院自然科学研究科の沈建仁教授(同 大光合成研究センター長)、菅倫寛助教、秋田総理助教、理化学研究所放射光科学総合研究センター利用システム開発研究部門ビームライン基盤研究部の山本雅貴部長、同生命系放射光利用システム開発ユニットの吾郷日出夫専任研究員らの研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA[1] を用いて、光合成による水分解反応を触媒する光化学系Ⅱ複合体の構造を1.95 Å分解能で正確に突き止めました。本研究成果は、平成26年11月26日、英国の科学雑誌「Nature」(英国時間:午後6時)にLetterとして掲載されました。
本研究成果は、光合成における水分解反応機構の解明につながる成果です。今後、太陽光エネルギーを高効率で電気・化学エネルギーに変換する「人工光合成」の開発が進めば、エネルギー問題、環境問題、食糧問題の解決が期待されます。
<背景・業績>本研究成果は、光合成における水分解反応機構の解明につながる成果です。今後、太陽光エネルギーを高効率で電気・化学エネルギーに変換する「人工光合成」の開発が進めば、エネルギー問題、環境問題、食糧問題の解決が期待されます。
光合成の酸素発生反応は、太陽の光エネルギーを利用して生物が利用可能な化学エネルギーに変換するとともに、水を分解し、生物の生存に必要な酸素を作り出しています。
この反応を行っているのは、藻類や植物の葉の中の葉緑体にある、光化学系II複合体と呼ばれるタンパク質複合体です。この複合体は19個のタンパク質からなる、巨大かつ極めて複雑な膜タンパク質複合体です。
沈教授らの研究グループは2011年、日本の温泉由来のラン藻の一種から取り出した光化学系II複合体の良質な結晶を作成し、その構造をSPring-8[2]の放射光X線を用いて1.9Å(1Åは1/1000万ミリメータ)という非常に高い分解能で解析(図1)しました。それまで未解明であった水分解反応を担う触媒中心の構造を明らかにした成果は、アメリカの科学雑誌「Science」によって、2011年の科学上の10大発見に選ばれました。しかし、X線結晶構造解析で使用するX線回折写真の撮影に必要な数秒間のX線照射の間に、水分解反応を担う触媒中心の一部がX線による放射線損傷を受け、本来の構造とわずかに異なっている可能性がありました。
今回、X線による放射線損傷の影響のない光化学系IIの本来の構造を解析するため、SACLAのX線自由電子レーザーを利用しました。X線自由電子レーザーのパルスX線は、1パルスでX線回折写真を撮影できるほど極めて明るく、かつ、1パルスの継続時間が100兆分の1秒(10フェムト秒、1フェムト秒は10-15秒)と極めて短いため、X線による放射線損傷で分子の構造変化が起こる前に、X線回折写真を撮影することが可能です。
本研究グループは、SACLAで開発した「フェムト秒X線結晶構造解析法[3]」と世界最高品質の光化学系IIの結晶を作成する技術を組み合わせることで、光化学系II複合体の放射線損傷を受けていない本来の構造を、1.95 Å分解能で詳細に解析することに世界で初めて成功しました(図2)。今回の解析で明らかにした無損傷のMn4CaO5クラスターは、これまでSPring-8の放射光を用いて得られた構造よりも原子間の距離が0.1~0.3 Å程度短くなり、触媒の本来の構造を反映しています。この構造から、水分解反応の機構に関する新しい知見が得られました(図3)。
<見込まれる効果>
光化学系II の触媒中心であるMn4CaO5クラスターは周りのアミノ酸が協調的に構造変化することにより、周期的な5つの中間状態を経て極めて効率の高い水分解反応が行われていますが、その動的メカニズムの詳細は不明なままです。本研究の成果は、光化学系IIの反応周期の第一状態について反応性を維持したままの本来のMn4CaO5クラスターと周辺の構造を明らかにしたものであり、太陽の可視光エネルギーを利用した水分解反応を人工的に実現するための触媒の構造基盤を提供しました。この反応を模倣した「人工光合成」が実現すれば、光エネルギーを高効率で電気エネルギーや化学エネルギーに変換できます。この様な、夢の「人工光合成」は太陽からのクリーンで再生可能な、無尽蔵な光エネルギーを高効率で利用することを可能とし、我々が直面するエネルギー問題、環境問題、及び食糧問題の解決にもつながるものと期待されます。
本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題、同省科学研究補助費特別推進研究、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)等の支援を受けて実施しました。
<発表論文情報>
論 文 名:
" Native structure of photosystem II at 1.95 resolution viewed by femtosecond X-ray pulses "
「フェムト秒X線レーザーによる光化学系IIの1.95 Å分解能における本来の構造」
発表雑誌:Nature
著 者:Michihiro Suga, Fusamichi Akita, Kunio Hirata, Go Ueno, Hironori Murakami, Yoshiki Nakajima, Tetsuya Shimizu, Keitaro Yamashita, Masaki Yamamoto, Hideo Ago, and Jian-Ren ShenDOI:10.1038/nature13991
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<補 足>
1) SACLAが、放射線損傷のない正確な結晶構造の決定に、タンパク質で初めて成功
-世界結晶年2014年、レーザーX線が拓く次の世紀へのマイルストーン-
(平成26年5月8日プレスリリース)
http://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id176.html
<用語説明>
[1] X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本のXFEL(X-ray Free-Electron Laser)施設。2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた国家基幹技術の1つ。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始された。
[2] SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、偏向電磁石やアンジュレータによって進行方向を曲げた時に発生する、強力な電磁波のこと。
[3]フェムト秒X線結晶構造解析法
SACLAで開発実証されたX線結晶構造解析の方法で、X線自由電子レーザーのパルスX線と大型結晶の相乗効果で、放射線損傷の影響なく、巨大なタンパク質複合体の結晶であっても精密なX線結晶構造解析ができる(Hirata, K. et al. (2014) Nature Methods 11, 734-736)。
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<お問い合わせ>
岡山大学大学院自然科学研究科(理学系)教授 沈 建仁(しん けんじん)
(電話番号)086-251-8502 (FAX番号)086-251-8502
理化学研究所 放射光科学総合研究センター利用システム開発研究部門ビームライン
基盤研究部生命系放射光利用システム開発ユニット
専任研究員 吾郷 日出夫(あごう ひでお)
(電話番号)0791-58-2839(FAX番号)0791-58-2834
図1.光化学系II複合体の構造。19個のタンパク質からなる単量体が2つ集まって二量体構造を取っており、真ん中に対象軸がある。青色のボールは水分子を表す。
図2.光化学系IIに含まれている水分解触媒の構造。左:SACLAのX線自由電子レーザーで解析された構造。各原子間の距離をオングストロム(1オングストロムは10億分の1メートル)で表している。右:左側の触媒の構造を回転し、地球儀の上に載せて表したもの。各原子を囲んでいる網は実験から得られた「電子密度」。
図3.本研究の結果から考えられる水分解の反応機構。