シミュレーションで発見 新種の「熱い氷」
2014年06月09日
岡山大学大学院自然科学研究科(理学部)の望月建爾助教、樋本和大博士研究員、松本正和准教授の研究チームは、分子シミュレーションを駆使して、高温高圧で液体の水から氷(氷VII)が生じる過程で新しい氷が出現することを発見しました。
本研究成果は2014年6月6日にイギリス王立化学協会の国際科学雑誌『Physical Chemistry Chemical Physics』オンライン版に公開されました。
今回の発見では、高温・高圧という極端な環境で起こる水の結晶化の仕組みを分子レベルで初めて解明しました。地球上では、氷VIIのような超高圧の氷が自然に生じることはありませんが、海王星などの巨大惑星に存在することが予想されています。本研究成果は、巨大惑星における水の性質と、それが引き起こす惑星の地質や気象を理解するのに役立つと期待されます。
<業 績>本研究成果は2014年6月6日にイギリス王立化学協会の国際科学雑誌『Physical Chemistry Chemical Physics』オンライン版に公開されました。
今回の発見では、高温・高圧という極端な環境で起こる水の結晶化の仕組みを分子レベルで初めて解明しました。地球上では、氷VIIのような超高圧の氷が自然に生じることはありませんが、海王星などの巨大惑星に存在することが予想されています。本研究成果は、巨大惑星における水の性質と、それが引き起こす惑星の地質や気象を理解するのに役立つと期待されます。
岡山大学大学院自然科学研究科(理学部)の望月建爾助教、樋本和大博士研究員、松本正和准教授の研究チームは、分子シミュレーションによって、高温高圧(150℃, 10万気圧)で水が氷VII (=”7”)へと凍る過程において、新種の氷が出現することを世界で初めて発見しました。
氷は、環境(温度・圧力)に応じて結晶構造を変え、その数は16種類あります[1]。氷VIIは、2万気圧以上の高圧で存在し、100℃を超えても融けない「熱い氷」です。我々がふだん冷凍庫でつくる氷(「氷I」)の2倍近くの密度をもち、海王星などの巨大惑星に存在することが予想されていますが、これまで氷VIIの形成プロセスはよく分かっていませんでした。
本研究では、分子シミュレーションを駆使して、液体の水から氷VIIへの結晶化の全過程を、1ピコ秒(一兆分の1秒)ごとに観察し、氷VIIが生じる仕組みを分子レベルで明らかにしました。今回発見した氷は、氷VIIが生じる過程で一時的に出現する、新種の「熱い氷」で、既知のいずれの氷とも異なる、新しい結晶構造をもつことがわかりました。今後、実験で確認できれば、水の温度・圧力相図[1]を塗り換える発見です。
<見込まれる成果>
水の相転移(=結晶化や融解など)[2]は、気象などの地球環境に深く関わっています。たとえば、雲の形成・氷河の融解などが地球の気候を調整しています。氷VIIが生じうる巨大惑星の地質や気象の理解のためには、氷VIIの相転移現象の解明が不可欠です。本研究で示された氷VIIの形成過程における新型の氷の出現は、巨大惑星での氷結に、氷VIIの安定性だけでなく、この新しい氷のできやすさも影響することを示唆しています。
また、今回の発見により、相転移現象そのものへの理解が深まることが期待されます。本研究は、相転移の結果だけでなく、その過程に注目することで、相転移の分子メカニズムを深く理解できる実例です。液体から直接結晶が生じるのではなく、今回の新しい氷のような準安定状態[3]を経由して結晶化するケースは、氷以外の物質でも数多くあると予想されます。氷だけでなく、シリコンやタンパク質など他の物質の相転移においても、準安定状態に注目して解析することで、相転移現象のしくみを分子レベルで解き明かし、相転移を制御(例えば、寒冷地の水道管の不凍化技術への応用、北極の魚が凍らない仕組みの解明)したり、特殊な結晶を創出できるかもしれません。
本研究の大部分の計算は、自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センターの計算機を利用しました。日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(25・7704)の助成を受け実施しました。
<発表論文>
K. Mochizuki, K. Himoto and M. Matsumoto
“Diversity of transition pathways in the course of crystallization into ice VII”
Phys. Chem. Chem. Phys. (2014)
DOI: 10.1039/c4cp01616e
発表論文はこちらからご確認いただけます
<著者>
1)望月建爾
岡山大学大学院自然科学研究科(理学部)
理論物理化学研究室 助教
http://phys.chem.okayama-u.ac.jp/
2)樋本和大
岡山大学大学院自然科学研究科(理学部)
理論化学研究室 日本学術振興会特別研究員PD
http://theochem.chem.okayama-u.ac.jp/
3)松本正和
岡山大学大学院自然科学研究科(理学部)
理論化学研究室 准教授
http://theochem.chem.okayama-u.ac.jp/
報道発表資料はこちらをご覧ください
<お問い合わせ>
岡山大学大学院自然科学研究科(理学部)
准教授 松本 正和
(電話番号)086-251-7846
(URL)http://theochem.chem.okayama-u.ac.jp
<用語解説・補足>
[1] いろいろな氷
ダイヤモンドと黒鉛は、どちらも炭素原子だけでできていて、原子の並び方が違います。水も同じく、H2O分子の並び方や結合のしかた次第で、いろいろな氷ができあがります。わたしたちが日常で目にする、冷凍庫でできる氷は氷I(=こおり”1”)と呼ばれ、実験で確認された順に氷I、氷IIと番号が与えられます。これまでに16種類の氷が見つかっています(図1)。今回シミュレーションで見つけた新しい氷も、実験で観測されれば番号が与えられます。
図1:水の温度・圧力相図。線で囲まれた範囲が、1つの相(状態)を表す。線を跨いで状態が変化することを相転移と呼ぶ。日常で目にする相転移(氷の融解・水の凍結)と、本研究で調べた相転移過程の場所を矢印で示した。
[2] 相転移を分子レベルで捉えるのは難しい
結晶化は全体が一気に結晶に変化するのではなく、はじめに小さな結晶のタネができ、それが成長すると考えられていますが、実際には、タネができる前後の様子はわかっていません。実験で捉えるのは難しく、シミュレーションでも前例は少ないからです。また、今回示したような、多段階の相転移が、シミュレーションで見つかることは非常にまれです。
[3] 準安定状態
真の安定状態ではないけれど、大きな乱れが与えられないかぎり安定に存在できるような状態を、準安定状態と呼びます。たとえば、水をしずかに冷やすと0℃以下でも凍らず、長時間液体のまま保たれます。この状態を過冷却状態といい、準安定状態の代表的な例です。
[4]新しい氷と氷VIIの結晶構造
結晶の構造は、同じパターンのくりかえしでできています。例えば、通常の氷の結晶構造であれば、六角形のパターンがどこまでもくりかえします。このくりかえしの最小単位のことを単位結晶と呼びます。今回発見した氷の単位結晶は、21分子から構成されます。氷VIIの単位結晶(2分子)と比べると、いかに巨大であるかがわかります。これまで実験で見つかっている氷の単位結晶では、氷Vの28分子が最大であり、今回発見した氷は氷Vに次ぐ大きさの単位結晶をもっています。
図2:新種の氷の単位結晶構造(左)と氷VIIの単位結晶構造(右)。結晶構造がわかりやすいように1分子を1つの球で表現している。
[5] 結晶化の動画
シミュレーションで得られた、液体の水から氷VIIまでの結晶化過程の動画をYouTubeで公開しています。新しい氷の単位結晶は立方体、氷VIIは青い球でそれぞれ表現しました。液体は描かれていません。まず、液体から、新しい氷ができ、全体に広がります。その後、新しい氷の中から、氷VIIが生じることが確認できます。
YouTubeへのリンク: https://www.youtube.com/watch?v=LL6SeSu5tqc
[6] 3Dプリンタ用データ
単位結晶の構造をダウンロードして、3Dプリンタで出力できます。教材用にご利用下さい。
氷VIIの単位結晶: http://www.thingiverse.com/thing:346421
新しい氷の単位結晶: http://www.thingiverse.com/thing:346416